「うちの親はまだ大丈夫」――そう思っていても、「介護」は突然必要に迫られることがあります。特に、親が一人暮らし、自分も兄弟姉妹も仕事をしている状況で何も準備していないとパニック状態に。
今回は、そんな「突然、親が介護状態になる」という事態を経験された彩さん(仮名/40代後半)の体験談をもとに、いざというときの心構えや対応方法について学んでいきましょう。
※こちらは2015年時点での状況をもとにした体験談です。現在の状況とは異なる場合がございますので、予めご了承ください。
目次
想定より早く、特別養護老人ホームへの入居が実現

茨城の実家で一人暮らしをしていた父の認知症が進行。首都圏で働く彩さん(仮名/40代後半)は、「これ以上、1人で生活させておけない」と判断しました。
要介護認定が下りるのを待つ間、弟と費用を出し合って父を民間老人ホームに託しましたが、この先かかる費用を考えると、安価な特別養護老人ホーム(以下、特養)に入居させたい。しかし、入居へのハードルの高さを知り、不安を募らせました。
しかし幸いにも数ヵ月後、特養への入居が実現したのです。
特養への早期入居希望が叶ったのは「運」だけではありませんでした。ケアマネジャーからのアドバイスにもとづき、いわば「戦略」を立てたことが功を奏したのです。
介護保険を利用する際には、「要支援1~2」「要介護1~5」のうち、どの区分に認定されるかによって、利用できる介護サービスが異なります。特養に入居するには、「要介護3」以上の認定を受ける必要があります。
「当時、私の父の場合、認知症はあっても、立ち上がりや歩行といった日常動作は問題なくできます。そのため、要介護2以下と判断される可能性もありました。けれど、要介護度は単なる身体状態だけでなく、家庭の事情が考慮され、『どれだけ困っているか』で総合判断がなされるんですね。そこで、『困っている』要素を多く挙げることで、要介護5の認定を受けることができたんです」
「なぜ困っているか」を伝えるための材料を揃える
彩さん姉弟が要介護認定の申請時に訴えたのは、次のストーリーです。
「父には貯蓄がない」
↓
「介護費用を払うため、自分たちは仕事を続けなければならない」
↓
「在宅介護はできない」
「まず、経済面の厳しさを訴えました。実は、父は認知症のせいで、買い物に関する判断能力が落ちていたため、クレジットカードの借金がとんでもない額に達していたんです。その金額を見たときは怒りと悲しみが湧き、『どうするの、これ……』と途方に暮れましたが、そんな事情も『困っている』ことを証明する材料として使ったんです。『それは大変だ』と思ってもらえるようなプレゼンテーションをすることが重要なんですね。見栄を張らず、恥ずかしいことも正直にオープンにして伝えました」
また、介護支援が必要な理由として、父の「持病」も取り上げました。
「認知症を発症する前から、糖尿病や高血圧を患い、何種類もの薬を飲んでいたんです。認知症によって薬を正しく飲めなくなると、命にも関わります。第三者によるケアが絶対に必要だと伝えました。それも要介護度の判断で考慮されたと思います」
ケアマネジャーと慎重に相談したのが、姉弟とも「独身」である状況をどう伝えるか、です。
「『自身の生活や介護について協力し合える人がいない』、あるいは『親の介護を担うことが結婚の支障となる』と判断されれば要介護認定レベルが上がる可能性がある一方、『幼い子供を育てている既婚者よりは自由に動ける』と判断されることもあるそうです。どちらに転ぶかは、判定者によるのだとか。私たちの場合、いまは父の介護で手一杯で結婚どころではない、と伝えたところ、『介護の負担は重い』と捉えてもらえたようです」
こうして「要介護5」の認定を受けることができたことを、「ケアマネジャーさんの協力のおかげ」と、彩さんは言います。
「要介護度は杓子定規で測られるものではなく、本人や家族のさまざまな事情などを踏まえて判断されるものなんだと感じました。担当してくださったケアマネジャーさんがとても親身になって、伝え方のストーリー設計をアドバイスしてくださったからこそ、うまくいったのだと思います。年配の知人が言うには、『そこまでしてくれないケアマネも多い』とか。私たちは介護初心者なので、もし協力的でないケアマネにあたっていたら、『ケアマネがそう言うなら、そういうものなんだろう』と思い込み、言われるがまま受け入れてしまっていたかも。ケアマネを選ぶことも大事なんだな、と思いました。ケアマネは途中で変更することも可能だそうですから」
親の介護に、どう備えておけばいいのか

彩さんは自身の体験から得た学びを、次のように語ってくれました。
この先、親の介護に向き合う可能性がある方は参考にしてみてはいかがでしょうか。
親の資産を把握しておくべき
「私たちが知らない間に認知症が進んでいた父は、クレジットカードで不必要な買い物をたくさんしていました。認知症を発症した人にカードを持たせるのはとても危険だと、後になって気付きました。認知症を疑ったら、制限なく買い物をすることができないように工夫することが重要だと思います。また、親がどんな保険に加入しているかなども、事前に把握しておくといいと思います」
柔軟な働き方ができる職場なら安心
「父の問題が深刻化した当時の私の勤務先は、担当する業務を期限内に終えさえすれば、比較的自由に休みをとることができたんです。家庭の事情を考慮してくれる会社でもありました。そのため、茨城まで足を運んでケアマネさんとの打ち合わせや施設見学をする日程を確保することができました。先々、介護に時間をとられる不安を抱えている方は、なるべく働き方に融通が利く職場や仕事を選んで移っておくのも手かもしれません」
介護関連サービスは、意外と種類が豊富
「在宅介護も考えたとき、最初は『介護ベッドはどこで買えばいいだろう』なんて相談していたんですが、意外とレンタルできるものが多いことを知りました※。父の場合は、車椅子など、特養入居までに必要な介護用品をすべてレンタルで済ませました。在宅介護を検討する方は、自分の時間・体力・お金をどれほど投じなければならないか、不安を抱くのではないでしょうか。介護保険で利用できるサービスのラインナップについて知識を持っておくと、安心できるかと思います」
※要介護認定・要支援認定された場合
お金の備えはやっぱり大事!
「特養に入居するまでの間、民間老人ホームへの入居費・利用料などがかかりましたが、自分に貯蓄があったおかげで、多少は精神的余裕が持てました。やはり手持ちの資金を蓄えておくことは大事だと思います。ちなみに、これを機に、自分の保険も見直しました。父は民間の保険に加入していなかったので、私たちに姉弟に負担がかかることになった。父の姿を見ながら『いずれ自分がこうなったら』と想像し、そのとき弟に負担をかけないようにしようと思いましたね。一時金100万円とかでは全然足りないと実感したので、大病など患った場合、死ぬまで毎月一定額をもらえるタイプの保険を新たに契約しました」
彩さんは、父の介護体制づくりで経験したことを、自身の老後の備えにも活かしているようです。
WRITTING 青木典子